運動は、細胞を生化学的に良い方向に変化させる

ストライヤーの生化学 第7版 から
(リンクや色文字そしてカッコにより補足しました。一部原文と異なりますので、原書をご確認ください。)

p750    27・4    《運動は、細胞を生化学的に良い方向に変化させる》

運動と健康的な食事の組み合わせは、糖尿病の最も効果的な治療法の一つだが、それだけでなく、冠動脈疾患、高血圧、うつ、癌を始めとするさまざまな病気に対しても、最良の治療法となる。糖尿病の場合、インスリン抵抗性になった人やⅡ型糖尿病患者でも、運動によってインスリン感受性が高まる。
この有益な効果が生じるのはなぜだろう。

筋肉の活動によってミトコンドリア生合成が促進される

運動の際、筋肉が運動ニューロンから神経インパルスを受け取って、収縮するよう刺激を受けると、筋小胞体からカルシュウムが放出される。
カルシュウムは、後に35章で説明するように、筋収縮をひき起こす。
前に述べたように強力な二次メッセンジャーであり、多くの場合カルシュウム結合タンパク質カルモジュリンと協力して働く。二次メッセンジャーとしてのカルシュウムの作用には、カルモジュリン依存性プロテインキナーゼなど、さまざまなカルシュウム依存性酵素を刺激する働きがある。
カルシュウム依存性酵素は、AMPKと同様に、つぎには特定複写因子複合体を活性化する。
第29章、第31章で見ていくが、転写因子とは遺伝子の発現を抑制するタンパク質である。
特に2種類の遺伝子発現パターンが、定期的な運動に応じて変化する。
定期的な運動は、β酸化を行う酵素など、脂肪酸代謝に必要なタンパク質の生産を促進する。
興味深いことに、脂肪酸それ自体が、脂肪酸代謝系の酵素の転写を活性化するためのシグナル分子として働く。
さらに、カルシュウムシグナルカスケードによって活性化された別の転写因子群が代謝をプログラムし直し、それによってミトコンドリアの生成が亢進する。
脂肪酸酸化能力の上昇とミトコンドリアの増加が合わさって、脂肪酸の効率よい代謝が可能になる。
前に述べたように過剰な脂肪酸はインスリン抵抗性につながるので、逆に、効率の良い脂肪酸代謝はインスリン感受性を高めることになる
実際、トレーニングを積んだ運動選手の筋肉は、高濃度のトリアシルグリセロールをを含んでいても、インスリンに対する高い感受性を維持している。

運動時の燃料の選択は活動と時間によって決まる

ここまで異なった条件下でのエナルギー利用を見てきたが、このテーマに従って、今度は、様々な運動を行うときに燃料がどのように使われるかを考えてみよう。
嫌気的な運動、例えば短距離走をしているときに使われる燃料は、長距離走のような好気的な運動で使われる燃料とは異なる。
このように運動の種類が異なるときの燃料の選択から、エナルギー変換と代謝統合の多くの面が説明される。
化学エネルギーを運動エネルギーに直接変換するタンパク質であるミオシンは、ATPを直接の原動力とする。(第35章)
しかし、筋肉中のATP量は少ないので、筋肉からの出力とそれに応じて決まる走行速度は、他の燃料からのATP産生速度によって左右される。表27・3に示すように、ホスホクレアチン(phosphcreatin)〔クレアチリン酸(creatin phosphate)とも言う〕は、高エネルギーをもつリン酸基をADPに素早く移してATPを産生するが、ホスホクレアチンの量もATPと同様に限られている。
ホスホクレチンとATPは、激しい筋収縮の5~6秒分のエネルギーを賄える。
そのため、短距離走で最高速度が維持できるのは5,6秒だけなのである。
したがって100m走の勝者となるのは、初速を最大にするとともに速度の最低を最小限に抑えられる走者ということになる。
約10秒間走る間に、筋肉のATP濃度は5.2mMから3.7mMへ、ホスホクレアチン濃度は9.1mMから2.6mMへと低下する。
失われたATPとホスホクレアチンを補充するのには、嫌気的な解糖によって供給される燃料が使われる。
100m走のエネルギー源は、貯蔵されているATPとホスホクレアチン、筋グリコーゲンの嫌気的解糖である。
筋グリコーゲンの乳酸への変換では、ホスホクレアチンからのリン酸基転移に比べると、かなり大量のATPが得られるが時間が掛かる。
嫌気的な解糖のため、血中の乳酸濃度は1.6mMから8.3mMへと上昇する。
激しく活動する筋肉からはH⁺が放出され、それに伴って血液の㏗は7.42から7.24へと低下する。
1000m走(約132秒)の場合には、このような速度は二つの理由で維持できない。
第一にホスホクレアチンが数秒で使い果たされてしまうからである。
第二に生成する乳酸によってアシドーシスが起こってしまうからである。
したがってこれに代わる燃料源が必要になる。
筋グリコーゲンがCO₂にまで完全に酸化されればエネルギー収量はかなり大きく増加する。
この好気的過程は嫌気的解糖よりもかなり遅いが、走る距離が長くなるにつれ、好気的呼吸すなわち酸化的リン酸化の重要性が増す。
例えば1000m走で消費されるATPの一部は酸化的リン酸化から得られるに違いない。
解糖に比べると酸化的リン酸化ではATPがゆっくり生成するので、必然的に1000m走の速度は100m走よりも遅くなる。世界記録の100m走の約10.4ms⁻¹に対し1000m走は約7.6ms⁻¹である。
マラソン(42.195km)ではまた違った燃料の選び方が必要で、筋肉、肝臓、脂肪組織の共同作業が特徴である。
肝臓のグリコーゲンはすぐに頼れるエネルギー貯蔵庫として筋肉のグリコーゲンを補う働きをする。
しかし、約2時間ものこの過酷な競技に必要な150molのATPを補うには、全身の貯蔵グリコーゲン(最大でATP 103mol)でも足りない。
脂肪組織の脂肪の分解で得られる脂肪酸を酸化すればはるかに大量のATPが得られるが、ATP生成速度は最高でもグリコーゲン酸化よりも遅く、ホスホクレアチンからの生成速度の1/10以下である。
このように大量の貯蔵庫からのATP生成は、容量の限られた貯蔵庫からに比べてはるかに遅く、好気的運動と嫌気的運動の速度が違う原因となる。
長距離走には脂肪酸からのATP生成が不可欠である。
長距離走のような運動では脂肪が速やかに消費されるので、インスリン抵抗性を示す人に好気的運動を長くつづけるのが有益なのはそのためである。
しかし、優れたマラソンランナーの場合、脂肪だけを燃焼源にするわけにはいかない。
研究の結果明らかになっているのだが、筋肉のグリコーゲンが使い果たされると、筋肉の出力は最大50%に低下してしまう。
脂肪が十分に得られているにもかかわらず出力が低下するということは、脂肪で賄えるのは好気的活動の最大値の50%に過ぎないことを意味する。
脂肪酸酸化はグリコーゲン酸化よりもはるかに遅いので、脂肪酸酸化で得られるATPですべてを賄おうとすると、マラソンはおよそ6時間かかってしまう。
優れたマラソンランナーは、グリコーゲンと脂肪酸をほぼ同量ずつ消費して、100m走の速度の約半分に当たる5.5ms⁻¹という平均速度を実現する。
どうすれば、これらの燃料を最適な混合比で消費できるのだろう。
血糖値が低くなるとグルカゴン/インスリン比が高くなり、脂肪組織から脂肪酸が動員される。
脂肪酸はすぐに筋肉に入り、そこでβ酸化によってアセチルCoAへ、ついでCO₂へと分解される。
アセチルCoA濃度が上昇するとピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体の活性が下がり、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換がが妨げられる。
つまり脂肪酸酸化によってクエン酸回路と酸化的リン酸化に進むグルコースが減少する。
こうすると、マラソン終了時にも十分使えるだけの量が残るようグルコースが節約されることになる。
両方の燃料を同時に使うことで、グリコーゲンを使い果たしてから脂肪酸酸化を始めた場合よりも、高い平均速度が得られる。
グリコーゲンが枯渇したところで糖質の多い食事をとると、グリコーゲンの貯蔵が速やかに回復する。
さらに、糖質の多い食事をとっている間もグリコーゲン合成は続くので、グリコーゲン貯蔵量が正常値よりはるかに多くなる。
この現象は、❝筋グリコーゲンの超回復❞と呼ばれ、普通にはカーボローディングと呼ばれることの方が多い。

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