1枚のクラシックCDとちょっといい話

14年前、初秋のレストランでのお話です

※2014/2/25に投降した記事です。

レストランを営業していますと、色々な人との出会いや、物語があります。

暑い夏が過ぎ、気持ちのいい風が吹き始めた初秋のある日、常連のグループ8人の食事会でした。

その中の1人、初めての男性のお客様で、年齢は40代中頃でしょうか。
ダジャレを連発する、どちらかというと私の苦手とするタイプの方でした。

食事会も楽しく終わり帰り際に、その男性が今度女房と来たいので予約をしたいと言ってきたのです。
どうやら結婚記念日のようでした。

まあ、苦手なタイプでしたが「お客様」特別断る理由もなくお引き受けしました。

DSCN0034そして当日、本人には失礼ですが、どうしてこの女性がこの男性と、と言いたくなるような素敵な女性と現れたのです。
そして、態度も、ダジャレを連発していた前回とは違い、紳士で、やさしそうなご主人でした。

その日は、ランチタイムも忙しく、数日前買ってきたクラシックCDを朝からエンドレスで流しっぱなし、
そしてこのCDは私の結構お気に入りで、いい音楽を聴くと仕込みもはかどります。
そしてディナーに入っても流していました。

コース料理も中盤、ご主人がトイレに立たれました。
そして私が皿を下げに行きますと、
奥様が突然小声で「どうしてこの曲をご存じなのですか」と質問してきたのです。

〔店内には、月光ソナタ~第1楽章 (ベートーヴェン) / 神谷郁代(ピアノ)が流れていました〕

「この曲は主人と結婚する前に、とてもいい曲だと彼が私に勧めてくれた曲なのです」と奥様。

結婚記念日に馴れ初めの曲とは、偶然でした。
何かとても好いことをしたような、すがすがしい気持ちにさせられました。

そして食事も終わり、お帰りになるときのお二人を見て、第一印象とは違いとてもお似合いの素敵なカップルに思えました。

きっとご主人はシャイな方だったのでしょう。

それ以来、10年以上たった今でも、このCDをコース料理のバックで流し続けています。

ちょっといいCD

「Gentle Brown」
制作・製造元:BMGビクター

01 白鳥 (サン=サーンス)  2分51秒      アーサー・フィードラー指揮 ボストン・ポップス管弦楽団
02 バッヘルベルのカノン (バッへルベル) / アマデウス室内管弦楽団  5分57秒
03 月光ソナタ~第1楽章 (ベートーヴェン) / 神谷郁代(ピアノ) 7分45秒
04 弦楽のためのアダージョ (バーバー)  7分42秒      シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団弦楽器奏者666
05 亡き王女のためのバヴァーヌ (ラヴェル)  6分29秒      ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
06 ラルゴ「オンブラ・マイ・フ」 (ヘンデル)  6分08秒      アーサー・フィードラー指揮 ボストン・ポップス管弦楽団
07 アルビノーニのアダージョ (アルビノーニ)  9分25秒      ジャン=フランソワ・パイヤール指揮 パイヤール室内管弦楽団
08 ハイドンのセレナード (ハイドン)  2分53秒      ジャン=フランソワ・パイヤール指揮 パイヤール室内管弦楽団
09 交響曲第3番~第3楽章 (ブラームス)  6分26秒      フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団
10 ワルツ「弦楽セレナード」より (チャイコフスキー)  3分52秒      アーサー・フィードラー指揮 ボストン・ポップス管弦楽団

次も別のテーマで掲載します。お楽しみに。

目立たぬように、はしゃがぬように

二年前に投稿したものです。
震災から五年になりますが、瓦礫の中で立ち尽くしていた時の気持ちをいつまでも忘れずに生きていきたいと思っています。

1986年にリリースされた 河島英五の時代遅れ

1986年といえば今から28年前、日本はバブル経済の真っただ中でした。
その中で作られた名曲 作詞 阿久悠 作曲 森田公一

無題サビの部分の一節  目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは、無理をせず
28年たとうとしている今妙に口に出てきます。何故か口ずさんでいるのです。

1986年当時私はjazzに夢中で歌謡曲はあまり聞きませんでした。
そしてカラオケで歌ったことさえありません。
ですから覚えているのはさびの部分の一節だけです。
目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは、無理をせず。それ以降はわかりません。

いつから口ずさむようになったのか
記憶をさかのぼると、どうやら、もうすぐ3年になる、2011.3.11の震災以来のようです。

当日は、仕事中でしたので津波のあった自宅からは、10kmほど離れた所にいました。
でも自宅に残した糖尿病の母を助けに自宅に向かったのです。
道路は大渋滞、信号は停電のため全面ストップ、やっとの事で自宅から2kmぐらいまで近づきましたが、 そこが限界、そこからは車を置いて、浸水している中を歩いて進みました。

もう時間は夕方5時ぐらいだったでしょうか、雪も降り相当の寒さでした。
自宅に近づくにつれ水位が増し、寒さと水位のためとうとう歩けなくなりました。
近隣の住宅は、みな避難所に行ったらしく人の気配はありません。(いろいろありましたが長く なるので省略します)この後2度程死に掛けましたが、何とか自宅にたどり着いたのは、夜9時位だった と思います。

しかし母はおりませんでした。家の中には流木やごみで足の踏み場もありません、箪笥の上に畳が乗っている状態でした。

そして翌日、母は、近所の叔母夫婦の家で3人一緒に溺死で発見されました。

私自身も、自宅に向かう途中流木に足を取られたり打ち付けたりで、生まれて初めて死ぬかもしれない という経験をし、それ以降、一時力が抜けた状況になりました。

そして、生きている自分にに感謝しました。自身も寒さと胸まで冷水に浸かった状態で、もし、進むのをやめていたら死んでいたでしょう。

今までは、生きていることが当たり前でしたが、今生きていることに感謝しようという気持ちになりました。

経営していたレストランも、壁は落ち、ガラスも壊れ、とても営業は無理。

その頃だと思います、昔聞いたことのある、河島英五のこの一節が「目立たぬように、はしゃがぬよう に、似合わぬことはむりをせず~~~」あとはわかりませんが、口に出てきました。脳の片隅に記憶さ
れていたのしょうか。

今は、自宅の再建はこれからですが、お店の移転もリフォームも終了し、去年の10月から営業も再開できました。

そして私のこれからの人生は、目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことはむりをせず。
実際かなり目立たないレストランで、糖尿病の人に美味しい食事を食べてもらい、
震災ボランティアでお世話になった人には恩返しできませんが、間接的に恩返しします。
けしてはしゃがずに、似合わないお洒落な料理は出せませんが、体に良い料理を提供していきます。

震災からもうすぐ3年になります、その当時は、話せなかったことも、今やっと文章にすることができました。

瓦礫の中であまりの酷さに立ち尽くしていた時の独り言、「時間が解決してくれる」。
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次もまた別のテーマで掲載します。

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